そうめんは夏限定の食べ物じゃないぞ~!

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お菓子のそうめん

お菓子に「素麺:そうめん」という名前がついているお菓子があります。「鶏卵素麺:けいらんそうめん」というお菓子です。このお菓子には「素麺:そうめん」という名前がついていますが、小麦粉は基本的に使われていません。通常の素麺のように、小麦粉が使われていないのえすが、お菓子の名前には「素麺」がついています。

鶏卵素麺とかいてあれば、なんかそうめんの麺の色がなんか違うのかな?!と思いますが、鶏卵素麺のかわりに「玉子素麺」といわれることもあります。「鶏卵素麺」は、もしかしたら織田信長も食べたかも?!しれないお菓子です。このお菓子の歴史は「そうめん」と同じく古い歴史があります。織田信長が生きた時代の安土桃山時代に、ポルトガル商人が貿易のために出入りしていた長崎県の平戸を通じてポルトガル商人から伝えられたお菓子だからです。ポルトガル商人から伝えられたお菓子「鶏卵素麺」になります。

やっぱりそうめんが好き

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とっても古いお菓子

安土桃山時代に、ポルトガル商人を通じて日本へ伝えられた鶏卵素麺は、ポルトガル語では「卵の糸」という意味になる、fios de ovos(フィオス デ オヴォス)と呼ばれるお菓子です。ポルトガルでは、いろいろな使われ方をしていて、そのまま食べたりまたケーキのデコレーションとしても使われることがあります。

ポルトガルのいお菓子「卵の糸」とよばれるfios de ovosは、ポルトガルが植民地としていたブラジルやマカオにも伝えれれています。ポルトガルの隣国スペインにも伝わっていて、スペインの植民地だったメキシコにも「卵の糸」という意味になるスペイン語でHuevo hilado(ウエヴォ イラド)として伝っています。

安土桃山時代に伝えられたお菓子ですから、日本の中でもとっても古いお菓子とされいます。そして「玉子素麺」という名前で、作り方が江戸時代初期の料理本として、江戸時代の代表的な料理本の「料理物語」という本の中にあるお菓子の部に登場しています。ちなみにお菓子部門に登場しているお菓子は13種類です。

素麺のおいしい食べ方

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世界で食べれるお菓子

「玉子素麺」または「鶏卵素麺」の作り方ですが、氷砂糖を沸騰させて作った蜜の中に、卵黄を細ーく流し入れます。そして卵黄をそうめん状のように固めます。そして蜜の中から、固まったそうめん状の卵黄を取り出します。そして冷ましてから、切り揃えたお菓子です。

「鶏卵素麺」は長崎の銘菓になっているのかな。とも思いますが、福岡県福岡市の銘菓になっています。どうして福岡銘菓になっているのかというと、江戸時代に遡りますが貿易商だった大賀宗九と一緒に松屋利右衛門が長崎の出島を訪れます。そして出島で中国人のから「鶏卵素麺」の作り方を伝授されたといわれています。そして1673年に博多へ松屋利右衛門は戻り「鶏卵素麺」の販売を始めます。そして延宝年間の1673年から1681年の間に、福岡藩主の黒田光之に「鶏卵素麺」を献上します。そして黒田藩御用菓子商になったことから、福岡銘菓に「鶏卵素麺」はなっています。

アユタヤ朝時代のタイにも「卵の糸」は伝えられています。日本人とポルトガル人そしてベンガル人の混血マリー・ギマルドは宮廷料理人でした。タイへ伝えれらた「卵の糸」は、タイ語では「金の糸」という名前になって、タイでは香り付けにジャスミンの香りが付いてタイでは銘菓として親しまれています。またタイの隣国カンボジアでも「卵の糸」「鶏卵素麺」は伝えられています。

とってもあまーーいひたすらあまい「鶏卵素麺」ですが、ポルトガルつまり南蛮菓子のカステラやカスドースよりも、もっともっと甘くしたお味になっています。ひたすらあまいお菓子ですが、安土桃山時代にポルトガルから出島に伝来したお菓子が、今も同じように食べれるというのもこれまた凄いことで、さらに出島に伝わった南蛮菓子が日系人の宮廷料理人を通じてタイにも伝わって今ではタイの名物になっているというのも、これまたすごいことですね~