そうめんは夏限定の食べ物じゃないぞ~!

そうめんは夏限定の食べ物じゃないぞ~!

最近人気の素麺「島原そうめん」

最近めきめきと頭角をだしているそうめんがあります。長崎県南島原市が産地の「島原素麺」です。メキメキ台頭した島原素麺は、藤井フミヤさんが「そうめんといえば島原素麺」と話をしたことで、さらに注目を集めることになりました。なんでもテレビで「島原素麺」を湯がく時間についてもこだわりがあるようで、「1分ではなくその半分の30秒!」で細めんの島原素麺をゆがいているとか。藤井家では夏だけでなく、オールシーズン「島原素麺」を頂いているとかでかなり「島原素麺」好きと見受けられました。

やっぱりそうめんが好き

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島原素麺のルーツは謎!

島原素麺のルーツに関していくつかの説があります。「福州伝来説」「小豆島伝来説」などがあります。しかしどれも「これだ!!島原素麺の歴史はこれに間違いないっ。」と決められるものはないのが現状です。

徳川幕府の江戸時代に、キリシタン弾圧がありました。長崎はキリシタンの多い場所です。島原・天草地方の住民たちは、徳川幕府からのキリシタン弾圧と圧制に対して反発をします。それが「島原の乱」になりますが、「島原の乱」で島原南部地方の人口は激減する事態になりました。そこで江戸幕府はというと、島原の復興策のひとつとして、強制的に移民政策を導入しました。移民政策をとり島原の地へやってきた人たちの中に、そうめんの生産地として日本三大そうめん産地のひとつの小豆島からの住民がいました。

小豆島から移民として島原へやってきた住民たちが、島原の地でもそうめんを作りそして地元の人たちに素麺の製法を伝えたのが、島原素麺のルーツという説もあります。

間違いなく言えるのは日本高度成長期のとき、そうめんの中で一番古い歴史を誇る「三輪素麺」が広く全国的に知られるようになりました。高度成長期には付け届け品つまり贈答品として好まれたもののひとつに「三輪素麺」があります。なんといっても「三輪素麺」は素麺の中でも老舗中の老舗です。老舗ブランド「三輪素麺」として全国的にも広く知られていました。そのため「三輪素麺」の問屋さんが供給量が足りないということで、島原に素麺を求めに来ました。

島原のほうでは、場所柄が日本の最西端ということもあってそうめんの販路に困っていたところに、「三輪素麺」から委託生産の話で一気に島原でそうめんの生産が増加します。そして素麺の製造業者数も増えて、今では全国第二位の生産地になりました。

そうめんの老舗ブランド「三輪素麺」の委託生産をしていた島原ですが、平成12年(2000年)に食品業界全体で生産地偽装問題という大きな転換期がありました。「三輪素麺」ではなく「島原素麺」として勝負することになりました。

島原素麺の特徴は、主原料につかう小麦が中・強力粉というところです。この中・強力粉で作られた島原素麺は、作りたてでもとってもコシが強い麺という特徴です。島原というか長崎は「長崎ちゃんぽん」「皿うどん」と独自の麺類がある魅力ある場所なので、島原素麺も今まで「三輪素麺」に隠れていたのがもったいないぐらいです。

かつての島原そうめんは、冬になるとあちらこちらの庭先には「そうめんすだれ」が出来ていました。冬の風物詩だったんですね~ もちろん今では近代的な設備で島原そうめんは厳密に管理されていますが、雲仙だけの麓から湧き出てくる水そして島原という温暖な気候がそうめんづくりに最適の場所なんですね。

島原の地元でもそうめんは、お祝いの席には欠かせない食べ物なので夏に限らす春夏秋冬頂いています。どのように頂いているのかというと、春には天ぷら素麺にしたり酢の物にしたり、夏の暑い時期には素麺サラダにしたり、よくいただく冷やし素麺にしていただきます。秋になると、肉味噌でじゃじゃ麺風の肉味噌そうめんや、お吸い物にしたりします。冬には温かいにゅうめんにしていただいたりと、四季に応じて、バリエーション豊かにしていただいています。

そして島原そうめんを食べるときには、フミヤスタイルの30秒ゆででいただく!!!これでコシのある島原素麺をいただきましょう~♪

素麺のおいしい食べ方

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